稟議書の思い出

私は大学生の頃、社員5名、創業10年足らずの小さな小さなベンチャー企業でアルバイトをしていた。
ITベンチャー企業の長期インターン生というとちょっと意識高そうに聞こえるけど、時給1000円の事務という名の雑用係。
まさに雑用係で、なんでもやった。


出勤したらまず近所のシェアオフィスに郵便ないですかーと訪ねて郵便物を持って帰るという雑用も私の仕事だった。

(本当の会社の住所を公開すると色々と不都合があるので、郵便物はシェアオフィスに届く。借金取り立てとか弁護士etc…が訪ねてきてしまうので)


メールマーケティングという名目で、展示会とかに潜り込んで集めた名刺の連絡先に迷惑な宣伝メールを送り付けたりもした。


飛び込み営業みたいな感じで、MAPから探し出した近所の町工場みたいなところにピンポーンと押しかけ、チラシを押し付けたりもした。


大学のレポートを書く用の私物のPCでクラウドサービスにログインし、ローカルにダウンロードしてきて顧客データをいじくったりもしていた。(セキュリティ的に大変良くない)


売上が何か月もゼロで、料金支払い督促の電話が来る日も来る日も鳴りやまず、だんだん強くなる催促の言葉に戦々恐々としたこともあった。(そして当然私の給料も払われない)


総じて社会に迷惑な会社で、とんでもエピソードには事欠かない。
そして私の雑用の中で特に頻繁に発生していたのが、稟議をあげるというタスクだった。

社長が「こういうのやりたい!」って言うじゃん。
「〇〇さん(私)、この内容で稟議書書いてよ」と目の前にいる私にタスクが飛んでくる。
私は日付やら社長がやりたいことの概要やらかかる金額やらを稟議書というフォーマットに適当に書いてハンコ押すじゃん。
私の上司に稟議書回すじゃん。(上司といっても隣にいる社員さん)
上司がたいして読みもせずハンコ押して社長に渡すじゃん。
社長が「〇〇さんありがとー」って満足げな顔でねぎらう。
稟議の内容によるけど、だいたい大した内容ではないのでここまで約10分。
関係者3人。
そもそも10畳程度の狭いアパートで仕事しているのは私たち3人。
そしてこの作業が1日複数回発生する。
この作業いる?と思っていた。

大学卒業とともにそのベンチャーは卒業し、ほどなくして倒産した。
私は社会人になって早5,6年になるが、いまだ稟議書というものを会社で目にしたことはない。
もちろん、上層になれば稟議というのは必須なんだろうし、もしかしたらこの会社でも毎日すごい数の稟議書が挙げられているのかもしれない。
末端の私が稟議書に再び出会うのはいつになることやら。
狭くて暗いオフィスで、3人で稟議書を回しっこしていたあの頃を思い出すと、可笑しいやら物悲しいやら複雑な感情が浮かんでくるのである。